07. 6day 2 R18

怒りとも苛立ちともつかない深刻な表情のまま、ディーノが雲雀の手首を掴んできて、物凄い力で引き寄せると、そのまま歩き出す。
細い路地裏を曲がり、いくつかの路地を分け入るようにして歩いた先、やがて見えてきたのは、いかにもスラム街にあるかのような、古びて、物騒な、お世辞にも上品とはいえない萎びた建物。
まるで勝手知ったるな風で中へ入っていくと、外はまだ明るいというのに、何故だか薄暗い建物の中、入口に設置されたカウンターで、頬杖をつくようにして小型のテレビに見入っていた老女が顔をあげる。
イタリア語で何かを告げ、女から鍵を受け取ると、さっさと廊下を奥へと歩いていく。
ここでようやっと、雲雀も気づく。

「ちょ……な、なに、してるの……」

ディーノは答えずに、雲雀の手首を掴む手の力を強める。
足早に、ぐいぐいと引き、奥へと向かう。

「は、離しなよ、こんなの……」

入口のカウンターよりも、さらに薄暗い廊下だった。
まるでホラー映画にでも出てきそうな、すえたカビの匂いまでする薄汚い廊下を抜け、突き当りまで辿り着くと、カウンターで受け取った鍵を鍵穴に差し込み、ドアを開ける。
ギイィと不気味な音を発しながらドアを押し開くと、殆ど突き飛ばすようにして、雲雀を中へ押し込めた。

「……ちょ……や……っ」

後ろ手にドアを閉めると、ディーノはその場で、雲雀を壁に追い詰め、強引に顎を掴んでくると、キスを仕掛けてきた。
それは、今までとは違う、殆ど暴力に近いまでの強引さだった。
雲雀は、必死で抵抗する。
手首を捕まれ、壁に押し付けるようにされ、足だけでもと蹴り上げようとすれば、腰自体を壁に押し付けるようにして封じ込められる。
それでも懸命に押し返したら、少しだけ男の体が浮いて、潜り込むようにして壁から抜けようとしたが、すぐさま男は、それ以上の力で、抑え込んできた。

「……や……っ!」

逃れようとするが、両手首を片手で掴まれ、もう片方の手で顎を掴まれる。
強い力に唇が開くのを狙い済ましたかのように、舌が強引に割り入ってきて、思うが侭に口内を蹂躙する。
噛み切ってやろうとするが、顎を強く掴まれているので、それさえも出来ない。
閉じられない口の端から、どちらのともしれない唾液が流れ落ちるのもそのままに、男は殆ど、凶暴なまでの強引さで舌を絡める。

「……や……ふ、ざ、ける……な……っ!」

一瞬の隙をつき、雲雀の振り上げた拳が、男の頬に当たった。
力の攻防の最中だっただけに、強くはなかった。
けれどもそれなりに効果はあったようで、殴られた後を、けれどディーノは、親指でひと撫でしただけだった。
すぐに、飛び掛るようにして、雲雀のシャツに手を掛け、力任せに剥いでくる。
ボタンが飛び散り、雲雀の胸元が露になった。
雲雀は信じられないでいる。
これは……これはなに。一体、この男はなにをしているのだ。これはなに。
迷いが雲雀の判断を鈍らせた。
男が胸元に顔を埋めてきて、突起を口に含むと、舌で転がすようにしてくる。
痺れるような痛みが全身を駆け抜け、雲雀は思わず膝を折りそうになる。
誰かに、他人に、触れられることなど今までなかった。
それがどこであっても、だ。
こんな、普段服で隠され、見せることなどない部分を、他人に、しかも舌で転がされるなど、あっていいことじゃない。
男は、散々胸元の突起を交互に舌で転がした後、一瞬だけ、ちらりと雲雀を見上げる。
呆然と、まるで意思というものをどこかに置き忘れてきてしまったかのように、唖然と硬直するだけの雲雀を見、ディーノは苦しそうに、一瞬顔を歪めた。
けれどそれだけだった。
ゆっくりと膝をつくようにして、壁に凭れるように立ち尽くす雲雀の足元に跪くと、雲雀の腰のベルトに手を掛け、一気に引き抜き、チャックを引きおろした。

「……う……そ……」

ぼんやりと、呟くようにしか言葉を発することの出来ない雲雀を無視するようにして、ディーノは雲雀の下腹部を開くと、下着に手を掛け、一気に引きおろした。
そして、待ち構えたかのように現れる、こんなときだというのに……否、こんな時だから、か。
震えるようにして立ち上がりかける雲雀のそれに、手を掛け、ゆっくりと口に含んだ。
くちゅり。湿った音がして、雲雀のそれが、生暖かい口内に含まれ、瞬間、全身を雷で打たれたかのような痺れが雲雀を襲い、思わず前のめりに倒れこみそうになる。
跪き、咥えるディーノに凭れかかる様になり、男の髪に指を差し入れ、頭を抱え込むようにして、雲雀は背中を丸めてうなだれた。

「……や……ぁ……っ」

ディーノは、少しだけ驚いたようにちらりと雲雀を見上げ、ふっと目元を緩めると、再び、口内奥深くまで咥え込む。
ぐちゅぐちゅと、まるで湿った何かをかき混ぜるかのような水音を立て、ディーノが雲雀のそれを、根元から先にかけて、何度も往復させた。
初めて知る、痺れるような感覚だった。
腰の辺りが震え、立っていることも叶わないくらいに、力が入らない。
尻の辺りがむず痒く、足元から立ち上ってくるような熱。
思わず男を見下ろす。
金色の髪が、一定のリズムを持って揺れている。
その髪に指を絡め、なでるようにしたら、男のリズムが早くなる。
一気に高められる。
殆ど数えるぐらいしか、したことがない。
生理現象として、あることは理解していても、今まで、その必要性を感じたことはなかった。
けれど今は違う。
こんなにも、出したくて、自分は疼いている。

「……っ……ぁ……っ……だ、め……っ」

出る。
思わず強く男の髪を引くのと、高められた熱が放出されるのとは、殆ど同時だった。
無意識に動いてしまう腰で、搾り出すように何度か吐き出しても、雲雀は震える腰を、止めることが出来なかった。
男が、湿った音を立てて、雲雀のそれを口内から出す。
呆然と見下ろしながら、雲雀は、殆ど呻くようにして、呟いていた。

「……こんな……の……ゆるさ、ない……っ」

「これでいいんだ」

「……っ?」

雲雀が出した熱をごくりと飲み込み、濡れた口元をぐいっとシャツの袖で拭いながら、ディーノは立ち上がる。
至近距離から、見下ろしてくる男の目は、どうしてだろう、傷ついた色を隠そうともせず、酷い色をしていた。

「ぐじゃぐじゃに考えるから、駄目なんだ。オレたちはこれくらいが……ちょうどいい」

言って、力任せに抱きしめてくる男を、雲雀はどうしてだか、その腕を払えずにいた。








廊下以上に薄暗く、じめじめと湿った、陰気な部屋だった。
ベットはぎしりと音を立てて深く沈みこみ、スプリングが使い物にならなくなっていることが丸分かりで、シーツはすえた汗の匂いがした。
互いにもつれ合うようにして転がり込み、どちらからともなく手を伸ばし、互いの服を剥ぎ取った。
下をろくに下ろそうともせずに圧し掛かってくる男のおざなりさが腹立たしくて、無理やり剥ぎ取るようにしたら、ディーノは少し驚いた顔をしたあと、くすりと笑って、ズボンから足を抜く。
もつれ合い、絡み合い、上になり、下になって交わりあった。
何度含まれても慣れない下腹部への愛撫に震えていたら、ディーノは何故だか目の色を変え、余裕のない表情で、後ろを弄ってきて、なにがなんだか分からずされるがままになっていたら、やがて、あの衝撃が来た。
それは、いままでのあらゆることがすべて吹き飛ぶくらいの、すさまじいまでの衝撃だった。
その部分から全身が引き裂かれるのではないか、というような、痛みと、熱と、衝動。
痛くて、苦しくて、辛くて、自然現象から流れているのだと思いたい、目じりから溢れ出る水をそのままにしていたら、何度も何度も、それを吸われた。

「愛してるよ……愛してるんだ、恭弥」

言って、涙を吸いながらも腰の動きを止められないでいる男は、どうしてだか、雲雀以上にぐじゃぐじゃに泣いていた。

「どうして、あなたが泣いてるの」

呆れ果てて、こんな時だというのに笑いが洩れる。
さんざ弄ばれ、泣きたいのはこちらの方だ。
あれだけ痛くて苦しかったはずの衝撃は、いつのまにか、どこかへ行っていた。

「バカなディーノ……泣くんじゃないよ」

「……ごめんな……ごめん、な……」

それは、こんな形でしか動けなかったことへとも、この期に及んで、やはりファミリーを捨てられないことへも、両方にもとれる、懺悔だった。









空港までは、タクシーを拾い、数十分もかからなかった。
二人で手を繋いだまま、出発ロビーへと辿り着いたら、ロマーリオ達、黒服の部下達がずらりと揃っていて、驚くディーノに、男達はがははと笑う。

「ははっ、遅せえぞ、ボス。どこで道草してやがった」

「お前、ら……どうし、て……」

「まだまだ青いな、ボス。日本に帰るにゃあ、所詮、ここ通る以外、道はないんだぜ?」

言われて、今更ながらに、そんなことさえ思い至らないくらい、ぼんやりとしている自分に気付き、ディーノは僅かに、苦笑するのだった。

「それにしても、なんだなんだ、ボス。恭弥も、おてて繋いでやらなきゃ迷子になっちまうような、子供じゃ、ねえんだぞ? その年で手繋ぎは、ねえだろうが」

「……ロマ……あの、な……」

ディーノは、どう言っていいものやらと一瞬迷う。
雲雀への感情を、弟子だ、子供だと公言していたのは、他ならない自分だ。
今更、手のひらを返したかのように、自分と雲雀の間にある感情について、言っていいものなのか。
けれど、ロマーリオは、返事は大して期待していなかったようで、くるりと、いまだディーノに手を引かれたままでいる雲雀に向き直ってくると、にかっと笑った。

「楽しかったか」

それは、すべてを見透かしたかのような、それだけに柔らかく、どこか暖かい響きだった。

「いままでの価値観、まるごとひっくり返しちまうくらいの、実にスリリングな7days だったろ」

雲雀は、驚いたように少しだけ目を見開き、小さな間のあと、頷いた。

「うん……悪くなかったよ」

そう言って雲雀は……僅かにだけれども、はっきりと、微笑んで見せたのだった。









ロマーリオ達とは少し、離れた所で、ディーノと雲雀は、両手を繋ぎ、向かい合っている。

「気をつけて、な。また、すぐ会いに行くから」

「うん」

「……」

ディーノは、それでも名残惜しい、を全身で表現するかのように、じっと雲雀を見つめた後、黙ってゆっくりと、抱きしめてきた。

「……離したくない、な」

離したくなかった。離れたくなかった。
雲雀の髪に顔を埋めるようにして、胸いっぱい、雲雀の匂いを嗅ぐ。

「南君の恋人って知ってるか? ジャポーネのドラマだ。昔ビデオで見せてもらって、えらい衝撃受けたんだ。恋人がちっちゃくなっちまって、胸のポケットに入れて、持ち歩くんだ」

「知ってるよ。見たことがある」

「ちっちゃく、なれればいいのにな。そしたら、恭弥のポケットに入って、そのままジャポーネについていくんだ。いつでも一緒だ。寝るのも、起きるのも、食事するのも。ずーっと、一緒だ」

実際、できるわけがない。
たとえ、小さくなれたところで、五千人の部下を持つマフィアのボスだ。ディーノが、キャバッローネを、イタリアを、離れられるわけがない。
それでも。
願ってしまうのだ。
共にいたいと。いつまでもこうして、抱き合うようにして、共にいたいのだと。
そうしたら、雲雀が、一刀両断に切り捨ててきた。

「いらないよ、こんなやかましいの」

「ひっでーなー」

「そんなことしなくても、またすぐに、会いに来てくれるんだろ?」

「き、恭弥ぁー」

ディーノは、感極まった声を上げ、がばりと再び、恭弥を抱きしめてきた。









離れた所で、その一部始終を、無音声で見守っているのは、天下のキャバッローネ、五千人規模のイタリアマフィアの、いわゆる上層部の男達だ。

「あーあー、なんだーありゃ」

呆れたように、誰かが呟けば、ははっと笑いながら、男達の無駄口が続く。

「デレデレだな」

「ヤったな」

「ああ、間違いなく、ヤったな」

「いいのか? ロマーリオ」

男達の中でも第一の側近に当たる年配の男に、問いかけるのはキャバッローネの中でも中枢に位置する男だ。
どこか呆れたような響きに、問われたロマーリオもまた、肩を竦めながら言葉を返す。

「ああ? ……まあ、仕方ねえだろ」

苦笑ともつかない、笑いを返す。

「ああ見えて、ボスは頑固で、一度、これと決めたら引かないんだ。それに、まだまだ、若い。先のことなんて、誰にも分からんさ」

「まあ、そりゃあそうだ」

「なんせ、ボスのことだしな」

がはは。
笑いあう男達の喧騒が、どこまでも響き渡っていた。





end