【貴方に会いにゆく】 より sample




 くちゅりと、音を立てて押し入ってくる指に、気が遠くなりそうになった。
 何度も出し入れをしながら、その度に潤滑油を塗りこめ、まるで掻き混ぜるように、我が物顔で動く指に、我を忘れそうになった。
 何度、嫌だと声に出したか、分からない。
 けれど、嫌だとも、駄目だとも、喚いたつもりの言葉は、恐らく殆ど、形にはなっていなかったに違いない。
 そうでなければ、男がそれを続けるわけがない。そうではないか。
 男はいつだって、雲雀の嫌がることはしないと公言していた。
 お前が嫌がることはしないよ。
 オレはお前を、泣かせたいわけじゃないんだ。
 そう言って、その度にどこか、泣きそうな表情で、小さく微笑んでいたはずだ。
 それが、ディーノという男だった。
 雲雀の中、我が物顔で、ぐじゅぐじゅと、散々こね回すように掻き混ぜていた指がふと抜かれ、どろりと内から流れ出る大量の潤滑油が、雲雀のむき出しの、白い双丘を伝って流れ落ちる。
 生温かく、やけにリアルな感覚にぶるりと震えていたら、ふと目の前が翳って、雲雀はゆっくりと目を開ける。
 男の精悍な顔が近づいてくる所だった。
 どちらかというと、へらへらと、だらしなく笑っている表情の方が多いように思われる男の、ふと見せる、こわばった、酷く真面目な表情。
 触れるくらいまでに近づいて、鳶色の瞳に吸い込まれそうだと、柄にも思っていたら、掠め取るようにして唇を重ねられ、それからは、息もつかせない交わりで、唾液という唾液を吸われるようにして、濃厚なキスを交わした。
 男のキスは、いつだって、普段垣間見せる淡泊さからは想像もつかない、むさぼるような、まるで奪い取るような、強引なものだ。
何度となく角度を変え、押し付けるように、吸い尽くすように、熱い塊のような舌を絡め、擦りつけ、吸い上げてくる。
 ひたすら求めてくる動きに、必死で答えていたら、くらりと目の前が暗くなって、そうしたらふと離れた男が、囁くようにして言ってきた。
「息、して。恭弥。鼻で息をするんだ。こうやって……」
 言って、再び唇を重ねられ、けれど今度は、斜めから顔を傾けるようにして重ねられたから、鼻で、大きく息を吸い込むことが出来た。
 音を立てながら、啄ばむように何度か触れるだけのキスを重ね、男が僅かに離れると、視線を合わせてくる。
「恭弥……愛してる」
 何を今更……言おうかと思ったが、少し考え、止めておいた。
 どうでもよかった。いま、ここで、こうやってこの男と交わり、男の熱を一身にこの身に受けている。
 それ以外に、言葉など、意味など、必要ないのだ。
 思えば最初からそうだった。
 まず目に飛び込んできたのは眩いばかりの黄色。
 ただ、そこに存在するだけなのに、まるで光が差し込むような強いオーラに、興味を持ち、戦いたいと思った。
 雲雀にとって、他人とは、ゼロか一かのどちらかしかない。
 戦いたいと思える相手であれば、それは一だし、そうでなければ、価値はない。
 男は、瞬時にして興味を惹かれるだけの、光があった。
 雲雀にとっては、それだけで十分だった。
 慣れない飛行機に十数時間も揺られ、見知らぬ地へ単身乗り込むことも、男を探して、ただ何十時間もイタリアの地をさ迷い続けたことも、すべて、それだけで十分だった。
 ただ、会いたかったのだ。
 会って、その光を、確かめたかった。
 苦労して辿り着いた先、男は、相変わらずの、眩い光だった。
 それで、十分だった。
「沢山ほぐしたつもりだけど……多分、痛いと思う」
 触れ合うぐらいの至近距離から、ディーノが雲雀の漆黒の目を覗き込むようにしながら、囁いてきた。
 男の息は、熱い。
 それは、男の興奮と、それ以上に雲雀の緊張を、あらわしている。
「ホントなら、お前を傷つけたくない。慣れるまでは、いじるべきじゃ、ねえんだろうけど……」
 この期に及んで、まだそれを言うのか。
 散々、指でえぐるようにかき混ぜられた。
 たっぷりとローションを塗りこめた指で、慎重に入り込んできたから、痛みらしき痛みは殆どなかったけれども、こねるように、擦るように、周りの壁をなぞりながら出し入れをされ、あっという間に感覚を麻痺させられた。
 痺れるような、どこかむず痒いような感覚に震えていたら、中で折り曲げた指で、ある一点を擦るように触られ、身体が跳ね上がった。
 腰から一気に全身を走るような、力の抜けるような痺れと共に、我知らず、呻くような、鼻に抜けるような、変な声が出た。
「……ここ、だな……っ」
 言いながら、執拗にそこを弄られ、幾分ももたなかった。
 まるで跳ねるようにして、一気に駆け上がってきた射精感で、数回に分け、白濁を撒き散らした。
 あれだけ、散々に快楽を身体に叩き込むような真似をして、今更止めるなどと。
 どの口がそれを言うというのだろう。
 雲雀の中は、確実に律動を繰り返しながら、待っているのだ。
 次に訪れるであろう、新たな快楽を。
 男が与える、熱くて力強い、脈動を。
「……は、やく……もう……」
 雲雀にしてみれば、驚く程の素直さで、男に続きを促した。
 ただただ、一時でも早く、男の熱い熱を、その身に受け止めたかったのだ。
 殆ど縋るようにして手を伸ばす雲雀の動きに、ディーノは、何故だか、少しだけ辛そうな顔をした。






サカナニナレナイサカナ ■ 畝ちうさ