【リボーンズエンジェル 〜冷静と情熱のカルメン〜】 より sample




 室内灯が落とされた、間接照明が鈍く辺りを照らすだけの薄暗い部屋だった。
 持ち主の好みそのまま、大きく間取りをとった室内は、近郊の住宅事情には珍しく、五〇平米程の、仕切り壁ひとつない広々とした造りになっている。
 採光を意識して大きくとられた窓からは、日中であれば、常に照明いらずの光が差し込んでくるが、今は真夜中に近い時間帯、当然窓から差し込む光があるはずもなく、僅かな光も、降ろしたブラインドで完全に遮断されている。
 部屋の隅で申し訳程度に灯された間接照明とモニター画面だけが、部屋を薄っすらと照らし出す光となっていた。
 普段は、内装の一部として溶け込んでいる、壁掛けの風景画である。
 それが、リモコン一つで、電子音を立てて壁に沈み込み、モニター画面と切り替わる。
 最新式超薄型の液晶画面は、部屋の主、リボーンの完全なる趣味だった。
 公に出来ない裏開業としての自覚も、いつなにが起こるとも限らない危険と隣り合わせな生業も、勿論理解してはいるが、それにしても、最先端技術の限りを尽くした、隠しモニターやら、隠し部屋やら。
 一体それらが、どれ程の必要価値があるのだろうと、こっそり思っていたりする獄寺である。
 獄寺隼人。闇世界で有名な、世界有数を誇るヒットマンである所のリボーンの下、集められた内の一人であり、主に情報収集や工作を得意としている。
 リボーンズエンジェル、の通称名で知られるメンバーの一人である。
 彼が得意とするのは、頭脳全般。
 同じメンバーでも、ツナや雲雀がどちらかというと実行部隊なのに対し、それを統括し、作戦を練り上げ、緻密な計画をたてるのを得意としていた。
 そうしてまさに、司令塔としてミッション遂行中の獄寺が焦れるようにして睨む先には、壁付けの最新型薄型液晶モニターがあった。
 いくつものデータ画面が重なるように表示され、一秒ごとに刻々と目まぐるしく変わる数値を、獄寺は素早く目で捕らえ、情報を頭の中に蓄積していく。
 その間も、絶えず視線を走らせる先には、どこか倉庫のようなものだろうか、無機質なコンクリート作りの殺風景な廊下と、そこから続く部屋への入り口、そしてドア付近を固める黒尽くめのスーツの男達。それらを順次、数秒ごとで切り替わる映像で映し出す、監視カメラ画像があった。
 映像は先ほどから、部屋の前で見張る男達が慌しくなる様を、鮮明に映し出していた。
「……まずい、な……」
 呟くように洩らした獄寺は、無意識に自らの右親指の爪を噛む。
「交代までは、あと十分はある計算だったってのに……予定が早まったのか?」
 映像上には、複数の男達が対面するようにして、何か言葉を交わしている姿が映し出されていた。
「くそ……ヒバリの野郎は……まだか……っ」
 焦れながら様子を伺うのは、映し出されている監視カメラ画像内で、まさに男達が見張る部屋の中、ミッションの真っ最中である、雲雀に対してだ。
 普段はいけ好かないヤツだったが、ことミッション中においては、これほど頼りになる人物はいないだろうという程の、腕の立つ人物だった。
 映し出される映像上からは、雲雀の姿を確認する事は出来ない。
 当然だ。数秒ごとに切り替わる映像は、標的である建物の監視カメラ映像を傍受したものであり、目的の部屋の監視カメラは、侵入と同時に細工がしてあった。
 モニターからの確認は出来ない。
 確認が出来るとすれば、見張りの男達が不審者の侵入に気付き、動きをみせるぐらいのものだ。
 そして当然、動きがあってからでは遅いのだ。
 息を呑むようにして動向を伺う獄寺を嘲笑うかのように、見張りの交代をした男が、気まぐれのようにふと、扉を開け、中を覗き込む映像が、モニターに映し出された。
「……っ!」
 見つかったか。
 思わず息を潜め、モニターを食い入るように見つめる獄寺の先、映像は、数秒ごとに他の映像を映し出した後、再び見張りの男の様子を映し出した。
 中を覗き込んだ男が、扉を元にあったように閉じ、定位置に戻る所だった。
 それからも、何クールか、カメラの映像は切り替わったが、獄寺が息を潜めて伺うが、大きな動きはないようだった。
 どうやら、難は逃れたようだ。
「……間に合った、か……?」
 ちらりと視線を走らせると、それまでぴくりとも動かなかった数値が、ピーっと小さな電子音の後、一気に数万レベルでカウントを刻み始め、それは、大量のデータが一気に転送された事を示していた。
 ミッションの成功を意味する数値だった。
 獄寺は、深く息を吐き出すと、ソファーに沈みこむ。
 知らず知らずの内に、力が入っていたらしい。
 身体のあちこちが、ぎしぎしと音を立てた。




 雲雀からの連絡は、程なく入った。
 お互いを繋ぐ唯一の通信源となるのだからと、どれだけ言い聞かせようとも、好きじゃない、といって持つ事を嫌がる無線だったが、それでも律儀に、ミッション終了の後は定期連絡を入れてくる。
 あくまでも、事後報告というのが、雲雀らしくはあったが。
「ヒバリか? ご苦労だったな。引き上げていいぞ」
 途中、焦れる事もあったが、ミッション自体は、何の滞りもなく無事終了した。
 これといったトラブルもなく、サポートにまわった獄寺としても肩の荷が下りた思いだ。
 自然、声もどことなく弾んでいた獄寺は、次の瞬間、冷や水をかけられたような思いで、再び胃を縮ませることになるのだ。
 ジジ、と無線にかすかな雑音が入るのはいつもの事としても、何故だか一向に返ってこない返事に、獄寺は、瞬時にして、まさか、と気付くのだ。
「お、い……ヒバリ? てめ、まさかまた、ぶっちぎるつもりじゃねえだろうな……おい、ヒバリ……っ?」
 嫌な予感というのは、いつでも、当たって欲しくない時にこそ当たってしまうものなのだ。
 数回のノイズを走らせた後、無線は突如、ぶつりと切れた。
「……くそ、あのヤロ……またかよっ!」
 イヤモニ型の無線を引きちぎるようにして外し、床に叩きつける獄寺。
 地団太を踏む獄寺の滞在する部屋の外、夜空にぽっかりと浮かぶのは、見事な満月だった。






サカナニナレナイサカナ ■ 畝ちうさ