【籠ノ雲雀】 より sample




この塀の外へ。
それはいつでも願っていた、切なる願い。
女がここ吉原に売られてきたのは、十七になるかならないかの頃だ。
村を襲った何度目かの飢饉に、食うに困った両親によって、遊郭の中では最高峰にあたる吉原遊郭へと、僅か数十両の金子と引き換えに売られてきた。
村一番の器量よしと、近隣にまで名を轟かせた女だけに、同じ女郎屋でも最高峰の吉原で買い手がついたのは有難いことだと両親は喜んだ。
娘を、僅か数年の種籾代と引き換えに売り飛ばすのだ。それのどこが有難いというのだろう。
男ならば働き手としての価値もあったのだろう。
けれど、労働手としてほとんど価値のない、非力な女子など、農村、特に女が生まれ育った水飲み百姓では、女郎屋に売るぐらいしか、利用方法がないのだ。
そうは分かっていても、親にあっさりと見捨てられた事実は、女に重く影を落とした。
女が女衒(人買い)に連れて行かれる時、家の外まで見送りに出てきたのは、母と祖母、妹たちだけだった。
父は最後まで顔を見せなかった。
顔を合わせれば情がぶりかえし、別れるのが辛くなるからというのが、その言い分だった。
辛いという。ならば、娘を金のために売りに出し、自分たちはのうのうと生きながらえることについて、親として、一家の主として、どう辛いのか。
是非とも聞かせてもらいたかったものだと、今でも女は思っている。
十七のその日、女は両親を、家を捨てた。
それからというもの、女は身を粉にして働いた。
吉原では格下の小見世が女の生きる場所になり、年季は十年と聞かされると、ならばと、寝る間を惜しんで客を取った。
他の女郎が嫌がるどんな客にでも愛想を振りまいた。
どれも、一日でも早く年季を終え、今度こそ外の世界で、両親や家と決別した、新たな人生を生きるためだった。
一時は、店の一番の稼ぎ頭であるお職に、手が届きそうな位置までのぼりつめた。
けれど時は流れ、女の価値は年とともに下がり、残されたのは、八年近くを働いても、今なお残された年季と、膨れ上がった借金。そしてどうしようもなく、老いた体のみ。
そんな女に、囁く声があった。
廓内を忙しく走りまわっている下働きの男で、よく顔を合わせる馴染みだった。
おめえと所帯を持ちたいんだ。おめえが、不憫でならねえんだよ。
男の囁きは、女をどうしようもなく魅了した。
一夜に何百、何千両もの金子が舞うと言われる吉原だったが、下働きの男衆程度が手にする金など、僅かなものだ
到底、女を身請け出来るような金が、男にあったはずもない。
身請けは出来ない。けれど女に残された年季は五年。
あと五年。それはあまりにも長すぎた。
男は囁く。
吉原の警護が手薄になる日がある。吉原の夜桜見物がそれだ。
年に一度、桜の時期、吉原はこの時ばかりは堅固な警戒を解き、遊里を民に開放する。
大門だけが唯一、吉原と外とを繋ぐ門。
けれど、この時ばかりは、開かずの門である鉄漿溝(おはぐろどぶ)にかかった跳ね橋を下して門を開け放つのだ。
江戸では夜桜見物といえば、吉原と称されるほど、その慣わしは恒例のものとなっている。
古くは寛政二年、一七九〇年から始まった慣わしだという。
長年に渡る繰り返しが、吉原を仕切る会所の連中からも油断を招きだすのだと、男は言った。
遊里内には、男女を問わず人が溢れる。
いつもであれば禁じられている女人も多くが冷やかしにやってくる。
その喧騒に乗じて逃げよう。
逃げるんだ。おめえと共に、生きてえんだよ。
男の囁きは、女にとって、たまらなく魅力的な話だった。
女としての生は勿論、人としての幸せなど、一度は諦めた身だった。
この男と所帯を持つ。
外の世界へ。この高板塀と、鉄漿溝で囲まれた地獄の外へ出るのだ。
吉原に限らず、遊郭で年季が明けるのを待てずに女郎が逃亡を図る、それを足抜けという。
女達は売られてくる。
彼女達の不幸は、その金は働く彼女らにではなく、親兄弟、連れ合いに入るということだ。
娘三人を順に売り続け、生涯、己は働かずして武士としての生活を成り立たせた下級武士がいた。
数年に一度の飢饉のたびに、食うに事欠き、娘を売る農民がいた。
嫁にもらった連れ合いを、博打で抱えた借金のかたに売り飛ばしたやくざ者がいた。
理由はなんであれ、売り買いがあるということは、そこに金が流れるという事だ。
女郎たちは皆、莫大な借金を背負っている。
女達の存在そのものが、金に等しいのだ。
だから店も、女郎の足抜きには敏感になる。
逃げられては、その負債をすべて、店が引き取ることになり、損害は計り知れなかった。


いつもであれば堅固な見張りが、唯一緩む時があるのだという。
吉原名物、夜桜見物。
女は、男の差し出す手をとり、喧騒に紛れ、足抜けを企てた。


時は同じくして、夜四つ(午後十時)前。
吉原の大門が閉められるのを待たずして遊里を後にしたはずが、ついそこまで、のつもりの帰り道中が思いの外長いことに、注意深く辺りを見渡しながら、先を急ぐ二つの人影があった。
見上げるような長身に、均等のとれた体躯。
明らかに大柄な体を、いまだここら界隈では見慣れぬ洋装に窮屈そうに包んだ男は、一人は目が覚めるような黄色の髪を、またもう一人は、鼻の下に当時ではまだ珍しい口髭を蓄えていた。
どちらも江戸ではとんと見かけぬ風貌である。
それもそのはず。
よくよく見てみれば、双方共に、江戸者とは似ても似つかぬ彫の深い顔立ちに透き通った目鼻、瞳の奥にはまるで硝子玉のような不思議な色合いをたたえていた。
「それにしても……すっげえ人だかり、だったよな」
どこかはしゃぐように声をあげる男は、暗闇にあってなお、鈍く光る黄色い髪をした男だ。
それに対し、答える口髭の男も、またどこか、浮足立っている。
「桜は昼に限ると思っていたが、夜桜見物ってのも、また、乙なもんだな」
明らかに浮かれた様相の二人だったが、それもそのはず、江戸はおろか、彼ら、居留地在留の余所者の間でさえ噂名高い、吉原の夜桜見物。それを見ることが出来たのだ。
吉原恒例の夜桜見物。
吉原は四方を塀と鉄漿溝に囲まれた、おおよそ二万坪の土地に数百を超す女郎屋が並ぶ、江戸では唯一となる遊郭だ。
日本三大遊郭の一つとして知られ、京の島原、長崎の丸山に並び、江戸の吉原といえば、天下御免の色里だという。
異国からやってきた者として、遊郭という仕組みも、そこで奴隷同然に働かされている女郎たちにも驚きと嫌悪を覚えたものだったが、興味本位で訪れたそこは、彼らが想像するどれとも違う、まるで華やかな社交場のようにも感じられた。
堅固な大門をくぐり、ひとたび中に足を踏み入れれば、仲之町通りと呼ばれる中央のメインストリートに迫るようにして建ち並ぶ両脇の店は、どれも鮮やかで煌びやかな朱塗り格子を備え付け、格子から見える奥には、絢爛豪華に着飾った女達が、目の前を通る客一人一人に艶然と声をかけ、艶やかな笑みを見せている。
仲之町通りは、押しも押されぬ人ばかりで、そこには男達だけでなく、少ないけれども女も子供もいた。
みな一様に、初めて見るであろう光景に目を輝かせ、あるものは格子の色鮮やかさを、あるものは店構えの豪華さを、そして格子の奥で微笑む遊女達を、口を開けて見入っている。
聞くところによると、いつもであれば、女子供の登楼は勿論禁じられていて、ここに来るのは冷やかしを含め、女達を金で買おうとする男ばかりだという。
たとえ吉原の気概を詠おうとも、所詮は遊郭、目的といえば明確なものだった。
それが年に数度、夜桜見物だったり、酉の市だったりと、決められた行事の間だけは、色里はその門扉を、市井に向かって開く。
ただの色街ではない。地域に根付き、風物詩として名を馳せる、それが吉原の粋であり、数百年に渡る、吉原を支えてきた気概なのだった。
「それにしても……」
いまだ、どこか先程までの喧騒を引きずる自分に戒める思いで、口髭の男は、自慢の髭を何度もさすりながら、辺りを見渡し、呆れて肩を竦める。
「先ほどまでの町とはうってかわって、この恐ろしいまでの暗闇はなんだ? 一体、この国は、どうなってやがんだ」
言いながら見渡す辺りは、街灯はおろか、明かり一つない完全な暗闇だ。
男達が住む国では、暗闇を照らすために街灯がある。
江戸に来てまず驚いたのは、日が暮れると共に訪れる、闇の世界だ。
二百余年に渡る鎖国制度が、この国の文明を何十年も遅らせているとは聞いていた。
「それにしたって、こりゃあねえだろう」
「人が住んでねえってわけでも、なさそうだけどな」
受ける金髪の男も、同じく辺りを見渡す。
吉原でこそ、闇を照らしだす煌々とした明かりとそこを行きかう人々、茶屋から洩れる明かりで、夜を忘れさせる程のものだったのだが、一たび吉原を出て、帰路へと足を踏み出してみれば、途端、江戸の町は闇と化していた。
吉原は別名、浅草田圃とも言う。江戸で言えば町外れ、周囲を田圃に囲まれ、ところどころ、集落のようなものはあるのだが、いずれも平屋の戸は固く戸を閉ざし、隙間から洩れる明かりも僅かなものだった。
「こんなことなら、送るっていう申し出に、乗っかっておくんだったな」
吉原登楼は、異国から来た外国人が単身で行えるようなものではない。
手引きする人間があって、接待に近いやり取りの一つだった。
もっとも、本来の目的であるはずの、吉原遊郭の有権者、昔からの馴染みへの接見が適わなかったところをみると、手引き者の力量とやらも、たかが知れてるといったところだろうが。
「まあ、いいさ。ロマーリオ。先を急ぐぞ」
男が言って、前を見た矢先。
その喧騒は、遠くから慌しく近付いてきた。


この塀の向こうへ。
それはいつでも願っていた、切なる願い。
差し出す男の手をとり、店の者や吉原会所の目をかいくぐり、思いのほか簡単に廓の外へ飛び出した女だったが、長年の吉原暮らし、寝て起きて客を取るだけの生活は、女から思っていた以上に体力を奪っていた。
すぐに息が切れ、足取りも重くなり、手を引く男にかかる重みが増していく。
「頑張りねえっ、もうすぐだ。もうすぐで荒川に出る。舟で沖に出ちまえば、吉原会所の奴らもそう簡単には追ってこれまい。自由が、手に入るんだ…っ!」
男の必死の形相に、女は目の前が霞むような息苦しさで、それでも頷いて小さく微笑むのだ。
男と何度も夢見心地で囁き合った。
江戸を離れたら、東海道を下り川崎宿へ。そこから保土ヶ谷、戸塚、藤沢宿へと下り、江ノ島道を辿って、相模湾に突き出した江ノ島が望める海まで出る。
江ノ島。大山参りや鎌倉見物の帰路に立ち寄る場所として知られる、小さな島。
そこでなんでもいい、旅籠、土産物屋、三味線弾き。仕事を探し、金をため、家を構え、家庭を持つ。
なんだっていい。この人とならば。自分を好いてくれるこの男とであれば、なんだって出来る。
そこで自分たちは、慎ましやかにも地に根を張り、生きていくのだ。


それまでの暗闇と、そこにしんしんと響き渡る静寂から一転、何かを短く喚く声と、複数の足音が一斉に駆け寄ってくるのに、ロマーリオと呼ばれた髭の男と、金髪の男、名をディーノという、双方ともに何事かとぎょっとし、背後を振り返った。
暗闇の中にゆらゆらと揺れる明かりは、あれは江戸者が使う、提灯と呼ばれる手持ちの照明器具か。
よくよく眼を凝らしてみると、手を取り走る男女二人が、複数人の男達に、どうやら追われているようだった。
赤い長襦袢の裾を引いてよろめき走る女が、ふと足をもつれさせ、地に倒れこんだ。
それが最後だった。
短くなにかを叫びあう男達、その数四、五人はいただろうか。それらが一斉に追いついて、地に倒れる女と、女に寄り添うようにして膝をつく男とを囲んだ。
「観念しな。もう、逃げられねえぞ」
「足抜けたあ、おめえもよくよく馬鹿な女だ」
囲まれることで、完全に戦意を喪失してしまったのだろう。
女も、それに寄り添う男も、呆然と顔をあげたまま、もはや動こうとはしなかった。
追手の男達、数にして五人は、けして逃亡を諦めるような圧倒的な数というわけでもない。
けれどよくよく見てみれば、男達はどれも屈強な体と鋭い眼光をしていて、なによりもその全身からは、狩る者としての覇気を溢れさせている。
戦意を喪失してしまうには、十分のように思われた。
追手の男衆達の中から、すっと、音もなく一歩歩みだす者があった。
「逃げられるとでも、思った?」
それは一見、少年とも見間違う、いまだ幼さを残す顔立ちだった。
着流しに、帯は腰の下で結び、一見すれば町人のようにも見える。
他の男衆が皆、同じ身なりでもどこか荒んだ風を醸し出しているのに対し、少年はどこか、凛とした空気さえ感じさせる。
艶やかな黒髪に切れ長ですっと透き通った目。
どこか伏せ目がちな、けれど俯くでない毅然とあげた顔が、女を真上から見下ろした。
「夜桜見物の喧騒に紛れて、足抜けを企てる。……ねえ。逃げられるとでも、思った?」
「見逃してくんせえっ!」
絞り出すような声で声をあげたのは、女に寄り添い膝をつく男だ。
「こいつぁ悪くねえ! 悪いのはすべてわっしです。わっしがこいつを唆して、足抜けを企てた。お咎めを受けるのはわっしだけで……どうか……こいつだけは……っ」
「あんた……」
女が、感極まったように傍らの男を見て、わっと声をあげて突っ伏した。
それを無表情に見下ろしながら、着流しの少年は口を開くのだ。
「見事な覚悟だね、と……言いたいところだけど、キミ、少し勘違いをしているね」
何を? 言われた意味が分からず顔を上げる男、そして泣き伏したはずだった女。
それに向かって、少年は言い放つのだ。
「吉原はけして、人買いの巣窟でも阿漕なやくざ者でもない。お上によって公的に定められた天下御免の色里だ」
女に視線を寄こし、少年はむしろ、妖艶と微笑む。
「お前は吉原に売られてきた籠の鳥。かどわかしじゃない。金で売られてきたんだ。お前にはその借金を返す義務がある。それを怠り、あまつさえ逃げだした……その罪は、重いよ」
言って少年は、手にしていた金属製の武器を、大きく両手で身構えた。
「雲雀の旦那っ! わかったよ、戻るから……っ! あちきが戻る。だからこの人は……っ」
女が、男を庇うように背に隠し、男は顔を伏せ項垂れた。
「……そう。それが正しい」
少年が小さく頷き、女の手を取り、背後に控える男衆に引き渡す。
そのまま、振り向きざまに、地に膝つく男を力任せに蹴り上げた。
それが合図だった。
男衆、その数三人。一斉に駆け寄り、蹴り、殴りだした。
男は抵抗する気力も残っていないのか、されるがままだった。
「……哲。あとは頼むよ」
「へいっ。恭さん」
男衆には加わらず、少し離れた所に立つ、ひときわ大柄な体躯の男に声をかけ、雲雀と呼ばれた少年は、女の手を引き、踵を返す。
そこへ、立ちはだかる人影があった。
まさか、あるとは思っていなかったのだろう。
自分たち以外の人影に、雲雀は僅かに眉をしかめ、顔を上げた。
「あーっと……もう、いいんじゃね?」
「……なに」
雲雀が、どこか苛立たしげに眉を顰める。
立ちはだかる人影は見上げるほどに長身で、そして一目見て分る、江戸者とは違う異質な様相をしていた。
「……誰」
雲雀が、誰に言うともなく呟き、背後に控えていた哲と呼ばれた男が、ひっそりと耳打ちをした。
「並盛屋の客人かと」
「あの、さ……なんか、事情とか知らねえし、口出す義理もねえんだろうけどさ……」
言って、異国の様相をした、よく見れば黄色い髪が目にも眩しい男は、場を和ませようと思ってか、不必要に笑みを浮かべながら、肩を竦めて見せた。
「そいつも、謝ってるし……その……もう、いいんじゃ、ね?」
雲雀は少し考えるように黙り込んだ後、ちらりと背後で制裁を受ける、地に伏した男を見る。
思ってもいなかった邪魔が入り、思わず手を止めて様子を窺っているらしき男衆と、その下、地に這いつくばり呻く元吉原下働きの男を見て、ふっと笑った。
「なにしてるの。早く連れて行きなよ」
雲雀の言葉に、男衆がはっと我に返り、身を縮めて呻く男を無理やり立ち上がらせると、担ぎあげた。
慣れているのだろう。寸部違わず無駄のない動きで、男衆はあっという間に男を担ぎあげ、踵を返し走り去って行った。
その場に残されたのは、いまだ女の手を引いた雲雀と、その背後に控える、哲と呼ばれた男のみ。
男衆が去っていくのを見届けながら、雲雀が振り返ってきて、ディーノに向き直った。
「貴方の国にも規律はあるだろ? 異人さん」
雲雀は見上げるようにして、はっきりと、ディーノのことを異人さんと、そう呼んだ。
「この子にはいまだ、四十両を越す借金が残されている。それは搾取でもなんでもない。この子が抱えた借金だ。返すにはあと五年の年季が残されている。それを待てずに、逃げ出したんだ。遊女にとって、足抜けは最大の禁忌。それを犯した。非はすべて、この子にある。……行くよ」
最後の呟きは、背後に控える男に向ってのもの。
哲と呼ばれる男は、はっと小さく応じ、小さく一礼すると、女の手を引き先に歩きだした雲雀を追うようにして、その背後を小走りに去って行った。
唖然として見送る異国からの客人二人は、しばし、言葉を発することはなかった。
やがて、先に我に返ったであろう黒髪に口髭の男が、やれやれ、と口を開いた。
「ったく、ボス……悪い癖だぜ。ここは江戸だ。異国だ。目立つような振る舞いはするなって、あれ程言われてたってのに……」
諌めるような物言いに、けれど金髪の男、ディーノは、ただじっと、雲雀が去って行った後を見守るだけだった。
「……えらい、子供だったな」
「なにがだ? ……ああ、さっきのガキか」
ロマーリオが、顎を擦りながら、言葉を返す。
「その割には、屈強の男どもを引き連れて、随分と物騒なオーラを醸し出しまくってたけどな」
まるで子供のように見えた。
彼らが住まう国の常識で物を図れば、江戸の住人は、すべて子供に見えてもおかしくない。体格がまるで違うのだ。
身丈もそうだが、体格、立ち振る舞い、すべてが、まるで大人と子供、その違いを、江戸に来て以来何度となく感じてはいた。
それにしても、先ほどの雲雀と呼ばれた少年は、身丈は勿論のこと、顔立ちにも幼さが残り、見上げてくる双眸は、まっすぐに相手を射抜く、少年ゆえの真っ直ぐな気質を感じさせた。
それが、見るからにやさぐれた雰囲気の屈強の男どもを引き連れて、あの様子では集団の長なのだろう、逐一指示を出す様子にもなんら迷いがなかった。
おそらく、長年に渡り統率された者たちの、規律のようなものまで感じさせた。
「何者、なんだろうな。ありゃあ」
「並盛屋の名前を出していたな。並盛の関係者か?」
思いがけず聞くことになった、覚えのある名前に、ロマーリオが考えるように顎を擦りながら呟く。
ディーノは、何故だろう、どうしてだか雲雀が去って行った後の暗闇をじっと食い入るように見つめるまま、しばらく目を離すことが出来ないのだった。
強い色だった。黒くて真っ直ぐに自分を射抜く、強くて澄んだ瞳。
一瞬たりとも逸らすことのなかった、強烈なまでの印象深い目が、どうしてだか脳裏に焼き付いて離れなかった。






サカナニナレナイサカナ ■ 畝ちうさ