【恋をしている】 より sample




初めて触れる男の唇は、どこかしっとりと濡れていて、温かくて、そして何故だか、痺れるような感じがした。
触れたそこから、鈍い熱が込み上げて、じわじわと全身に広がっていく。
電気のような痺れではない。
どこか鈍く、緩やかな、けれど雲雀の全身をゆっくりと支配していくそれ。
驚いて、ただ男を見上げるだけの雲雀は、呟くように洩らすことしか出来ないでいる。
ああ、本当だ。
それを目の前にしてしまうと、驚くほど自分は無力になり下がる。
「……これは、なに?」
消え入りそうな雲雀の小さな呟きに、男もまた、少しだけ考えるようにした後、小さく笑った。
笑う癖に、その顔はどこか泣き出しそうにも見える。
不思議な表情だった。
「なんだろうな」
小さく答える男だったが、その手は、小刻みに震えている。
「震えてるの?」
「ああ……」
男は頷き、それから小さく目を伏せる。
普段の男からはまるで見当もつかない、弱々しくも泣きそうな様子だった。
「怖いよ。お前に触れるのが、怖い」
「どうして」
「壊してしまいそうだ」
「僕は、物じゃない。壊れないよ」
「そうじゃないんだ。なんと、言えばいいんだろうな……」
男は、伝わらない事がもどかしい、というような顔をして呟く。
何と言えばいいんだろうな、と、伝えらない自分に焦れているようだった。
「想いが溢れて、自分をコントロール出来ない。お前を目の前にすると、オレは無力な子供に成り下がる」
「恋?」
「……え?」
雲雀の呟くような物言いに、驚き、ディーノが伏せていた目をあげてくる。
それをまっすぐに見据えながら、雲雀は言うのだ。
「それが、恋?」
 ディーノは少しだけ驚いたような顔をして、それから、笑った。嬉しそうに笑った。
「……ああ、そうだな。それが、恋だ」
「そう……」
今、ようやっと分かった。
それまでくすんでいた光景が色づき、辺りが光に溢れる瞬間。
どこか霞がかっていた視界が開け、世界が広がる瞬間。
胸が苦しくて、痛くて、もどかしくて、けれど苦しいだけではない。
弱さを生むが、弱いだけでもなくなる瞬間。
強さを手に入れる瞬間。


今、ようやっと分かっていた。









僕は、恋をしている。






サカナニナレナイサカナ ■ 畝ちうさ