01. 1day :18:50

ミラノ、マルペンサ空港に雲雀恭弥が降り立ったのは、アリタリア航空AZ785便に乗り込み、成田空港を飛び立ってから、実に十三時間以上が過ぎた、イタリア現地時間にして一九時に近い時刻だった。
流れるような人の波に乗り、通関を出て、さてどうする、と周囲を伺うまでもなく、目に飛び込んできたのは、そこだけがやけに目立って見える一角。
黒尽くめのスーツの集団と、その中心に居座る眩いばかりの金髪は、異国の地にあっても、十分に異様なものだった。

「……こ、りゃ……驚いた」

言って、硬直したように立ち竦む男は、まさに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「まさか、本当に来るとは、な……」

その言い分が、あまりにも人事のような呟きだったのに軽く苛立ちながら、雲雀は、目の前に立つ、優に十五センチ近くは高い長身の男の目を、真っ直ぐに見据えるのだ。

「呼んでおいて、その態度?」

男は、その頃になってようやっと実感が湧いてきたのだろう。
どこか他人行儀な色のない表情から、まるで体温を取り戻し、ゆっくりと生気を取り戻す人間のように、緩やかに表情を変えた。

「嘘みてえ。……マジで、来てくれたんだな。ようこそ恭弥、太陽の国、イタリアへ」

そう言って、ディーノは花が綻ぶように笑った。







リング争奪戦を終えて、いつもと変わらぬ日常が戻り、ディーノもまた、イタリアへと帰っていった。
最後に会った時、それは相変わらず彼が一方的に、雲雀の陣地である応接室に押し掛けてくる、という形だったのだけれども、慌しく立ち去って行く彼が、さりげなさを装って、意味ありげに置いていった封筒。
開けてみると、中から出てきたのは、飛行機の航空券だった。
成田発イタリア行きの、ファーストクラスの航空券一人分。
二人でも三人でもない。一人分。
ツナたちと一緒ではない。
雲雀に一人で来いと。そういうことだった。








「行ってくればいい」

意外にも、そう言って背中を押したのは、赤ん坊だった。

雲雀が唯一認めていると言ってもいい、見た目は赤ん坊だが、その強さは他に類を見ないという、ある種不思議な存在。リボーンと呼ばれる人物である。
リング戦で否応なしに雲雀を巻き込む形になった、その元凶であると聞かされている、草食動物、沢田綱吉。
リボーンは、彼の家庭教師であり、凄腕のヒットマン、とのことだった。
事実、見た目とは裏腹に、赤ん坊の放つ気配は常人のそれとは桁外れで、だからヒットマンだと聞かされても、雲雀の中、疑いの余地は微塵もない。
赤ん坊なら何かしらの答えを持っているのでは、と思い、日中堂々と、沢田綱吉宅に乗り込んだ雲雀だったが、出迎えた赤ん坊は、まるで動じることなく、エスプレッソなんぞを飲みながら、優雅に言うのだった。

「気になって仕方ねえんだろ? だったら、行ってくればいい」

「か、簡単に言うなよっ!」

それに対し、あわあわと応戦するのは、傍らにいた草食動物、沢田綱吉だ。

「イタリアっていったら、飛行機だけでも十二時間以上かかるんだぞっ? もうすぐ休みに入るとはいえ、行くんだったら、最低でも一週間以上は必要だし、それに……」

綱吉がさらに続けようとするのを、リボーンは、まるで聞こえていない、とでもいうかのように軽く流し、再びエスプレッソを優雅に呷る。

雲雀を見据え、ニヤリと笑った。

「そうでもなきゃ、お前、納まんねえんだろ?」

「……納まる?」

ぼんやりと、珍しく上の空のように呟く雲雀。
その言葉尻を拾うようにして、リボーンは続ける。

「訳もわからずリング戦に巻き込まれて、気づけば、一方的に家庭教師を名乗っていた男は、さっさと帰っちまった……」

「……まあ、ね」

最後、あの男が雲雀の応接室にやってきたのは、リング戦を終え、日常が戻ってからおよそ、三日後の事だった。

男は、相変わらず一方的に、捲くし立てるように何かを喋っていて、その殆どを聞き流していた雲雀だったから、ふと黙る気配になにを? と振り返り、驚いた。

男は、どこか真剣な顔をして、じっと雲雀を、正確には雲雀の背中を見つめていた。

振り返られるとは思っていなかったのだろう、男は、慌てたようにはっと表情を変え、あたふたと、ああでもない、こうでもないと無駄口を続けたが、雲雀は、ふと目に飛び込んできた男の双眸が気になった。

男の目は、何かを、明瞭ではない何かを語っていた。

「オレ、今日の便でイタリア帰るわ」

男は、言って、にへらと笑う。
それは、修行と称する戦いの最中、そうでなくとも日常の一部、ありとあらゆる場において、男が一番よく見せる、お決まりの表情だった。

「ホントは、後処理とかもあるし、ツナ達の回復とか、後ろ髪引かれることは沢山あるんだけどな。さすがに、シマを長く空けすぎて、支障が出てきちまった。しばらくは、ジャポーネにも、顔出せねえと思う」

雲雀は答えない。そもそも、男の話しかけに答えたこと自体、殆どない。
なのに、性懲りもなく、いつだって一方的に話しかけてくる。
まるで正体の掴めない、敵ではないが味方でもない、厄介で苛立たしい存在だった。

「元気でな。戦いもいいけど、よくメシ食って、寝て、育てよな? お前らはまだまだ成長ざかりだ。睡眠とか、食とか、基本的なこと、疎かにするんじゃねえぞ?」

「……」

「あと、群れない主義もいいが、ある程度、周りを吸収するすべを覚えた方がいいな。今のお前の戦い方は、我流すぎる。我流が悪いって言ってるんじゃねえ。ただ、一人だけの力で上り詰めていく世界には、どうしたって限度がある」

「……うるさいよ。あなたに言われる筋合いはない」

男は、一瞬、虚を突かれたように押し黙り、それからまた、あの笑みを浮かべた。

いちいち、癇に障る笑みだった。

「だな。家庭教師と教え子の関係は終わったんだ。……オレに、言える筋合いは、なかったな」

最後まで、本心を伺わせない飄々さで、男は、雲雀の前から去っていった。
それが、僅か一ヶ月ほど前のことだ。
リング戦で負った傷も殆ど癒え、すべての日常が元に戻った今でも、雲雀の中、消えない思いが唯一あるとすればそれだ。

手元に、あてもなくただ残された、行き場のない、イタリア行きの航空券。





 だから、雲雀は、会いに行くことを決めたのだ。








そうして、一ヶ月とちょっとぶりに再会した男は、相変わらずの、力の抜けるような笑みと、緊張感とは無縁の緩い空気をまとい、笑っていた。










ようこそ、と歓迎の意を示してからのディーノは、素早かった。
すかさず、雲雀の手荷物を部下に持たせると、雲雀の腰に手を回すようにして、さっさと歩き始める。

「疲れただろ。飛行機は初めてか」

「……腰が痛くなった」

「ははっ、ファーストクラスとはいえ、所詮は窮屈な椅子、だからな。オレも、何度乗っても慣れない」

話しながらも、無駄のない動きで、到着ロビーを抜け、外へと誘導される。
ガラス張りの自動ドアを抜けると途端、外気特有の賑やかさと車の排気音、むっと立ち込めるような熱気が一斉に襲ってきて、雲雀は一瞬、足を止めそうになる。
それを、嫌味でない程度に男は伺いつつ、小さな仕草で指し示したのが、正面玄関を出てすぐのところに横付けされている、重厚な黒塗りの車数台と、そこに待機する、ここでもやはりぞろぞろと群れる、黒スーツの部下達だった。

「街中までは一時間ぐらいだ。恭弥、車は?」

乗れるか?という問いだと思ったので、幾分むっとしながら答える。

「問題ない」

「OK。着いて早々で悪いけど、しばらく我慢、してくれな」

言って、ディーノはさっさと、部下が開けたドアから、後方座席に乗り込む。
雲雀も、しばし躊躇しつつも、それに従った。

乗る前にも思ったが、やけに重厚で派手な作りの車だと思ったのは、内装もそれに違わずの、重厚さだった。
まず日本ではお目にかかれないような作りだ。
後方座席のはずなのに、何故か向かい合うように作られた座席、五、六人は乗れそうかという勢いの広さ。
先に乗り込んだディーノがさっさと座っている座席の、一瞬迷いつつも斜め向かいに座ったら、にやりと笑ったディーノがすかさず雲雀の隣に移動してきて、雲雀はむっとしつつ、抗議の言葉を発しようと口を開きかける。
それを絶妙なタイミングで押さえ込むようにして、ディーノが口を開いた。

「それにしても、なんっつーか、夢みたいだ。あの恭弥が、ここにいる、だなんて」

男は明らかに、どこか浮かれた空気を醸し出していた。

「あなたが、来いってチケットまでよこしたんだろ」

当然、あのチケットがなければ、来ようとさえ思わなかった。

「そりゃ、来てくれればいいなーとは思って、置いてったんだけどな。頻繁に行き来するから、ジャポーネとミラノの直行便は、うちで常に枠を押さえてあるんだ。……成田から、恭弥が乗り込んだ、という連絡が入っても、すぐには信じられなかった。確認しようにも、ツナにもリボーンにも連絡つかねえし、そうこうしてるうちに、十二時間なんてあっという間だし、それでとりあえず、駄目もとで空港まで迎えに来てみたら、まさかの本物の雲雀恭弥だ。驚くなって方が無理だろ」

「その言い方だと、迷惑だったみたいだね」

「まさか! 冗談じゃないっ!」

ディーノは、広いとはいえ、所詮は車内、限られた空間の中では不必要なまでの大きさで、声を張り上げた。

「言ってんだろ。嬉しい。ようこそイタリアへって。……実は、めっちゃ浮かれてる。恭弥が来てくれたことが、こんなにも嬉しい」

言って、ディーノはそれこそ当たり前のような自然さで、雲雀の肩に手を回し、こめかみに触れるだけのキスをした。
当然、その一秒後には、雲雀のトンファーによる反撃をくらい、地に沈み込むことになるのだけれども。










車はその間も、静かに走り続け、殴られたことにぎゃあぎゃあと反撃という名のセクハラまがいのスキンシップを仕掛けてくるディーノと、それを本気で戦闘モードでやり返す雲雀の喧騒を乗せたまま、言葉通り、一時間もせずに目的地へと着いたようだった。
ヨーロッパ特有の町並みを通り抜け、やがて自然溢れる緑の木々の間を走ることしばし、着いたのは、見渡す限りの緑のど真ん中、ぽつねんと建つ、まるで城のような建物だった。
これが家かと、一瞬唖然としたが、聞けばなんのことはない、そこは郊外にある、キャバッローネ御用達の定宿、とのことだった。
車が静かに滑り込み、後方座席のドアが開けられると同時に、ディーノがすっと外に降り立つ。
倣うようにして雲雀も降り立つと、ドアマンだと思ったのは、黒スーツの部下で、見れば、周囲を、さりげなさを装いつつも、数人の部下達が、壁を作るように包囲している。
この仰々しさはなんだ、と思うまでもなく、ディーノは、当然のような顔をして、雲雀を伴って歩き出した。

さすがにもう気づいていた。

空港についてから今まで、見事というしかない動きだった。
雲雀を案内するようにして、ディーノが立ち上がればドアが開き、歩けば少し先を歩く、黒尽くめのスーツの男達がさりげなく誘導する。
ディーノが歩調を緩めれば、その先にはドアがあり、当然のように男達がドアを押し開いた先にディーノは入っていく。
どの動きにも無駄がなく、そして静止がない。
少しでもドアを開けるタイミングがずれれば、ディーノは足を止めざるを得ないし、そうすれば案内される雲雀だって、立ち止まるしかない。
けれど、まるで流れるようなスムーズな動きに、僅かな無駄もないのだ。
そもそもディーノが一瞬でも足を止めるということがない。
それは、流れるようなこの動きが当たり前になっている、つまりは、普段から、され慣れている男と、し慣れている男達の阿吽の呼吸というやつだった。

ホテルは、ありがちないかにも、という華美な装飾や設備ではなかったけれども、十分に気遣いの行き届いた、どこか温かみを感じる、言ってみればアジアなどのリゾートホテルの雰囲気に近かった。

ディーノは慣れた仕草で、さっさと雲雀を伴い、見上げるほどに高い吹き抜けの豪華なロビーを抜け、ガラス張りのエレベーターに乗り込んだ。
部下が押したフロアのボタンは最上階。
見ればフロアのボタンは、数える程しかない。
つまりは、最上階行き専用のエレベーターということか。
やがて着いた最上階は、見るからに豪華な絨毯が敷き詰められた、フロア全体がスウィートルームとなっていた。








「ここが恭弥のベッドルームだ。好きに使ってくれ」

「……あなたは?」

「オレは、もう一つの寝室を使ってるから……てか、このフロア全部、うちで借り切ってんだ。廊下隔てれば、ロマーリオとか、部下のやつらがいるから」

「……群れまくってるね」

「あーい、いや、ちがうちがうっ、こっちから呼ばねえ限りは、向こうから来ることはねーから、つーかオレが来させねえし!」

慌てたようにディーノは言って、誤魔化すかのように、どこか慌ただしく、次の部屋へと続くドアを押し開いていく。

「で、ここはバスルーム。それぞれの部屋についてる。ジャポネーゼはバス好きだって聞いてるから、ほら、恭弥のは、特別仕様のジャグジー付き」

「……ふうん……悪くないね」

「で、こっちがリビング。オレの部屋と繋がってる。で、ここはクローゼット。恭弥、服、は……見たとこ、あんま持ってきてねえ?」

「必要ないよ。汚れたら、洗えばいい」

「はは、分かった、すぐに用意させる。何着かいるな。タキシード……は、一応用意しとくか」

「タキシード?」

「一度くれえ、オペラ座連れて行きてえし。恭弥、見たことあるか?」

「ないよ、そんなもん。いらない」

「はは、まあそう言うなって。いいもんだぜ? ここだったら、有名どころで、スカラ座があんな……わりい、今からで、押さえられそうなトコ、押さえといてくれ」

後ろの黒服に向かって告げる。

「si ボス」

言って、若いのが一人、消えていった。

「で、ここがダイニングだ。疲れただろ。ディナーにしようぜ」

言って、ディーノが後ろに合図を送るまでもなく、また、二人程、黒服が消えていく。

「ここのルームサービスは最高なんだ。今夜は記念すべき、恭弥の歓迎ディナーだ」







先程の指図は、単なるポーズに過ぎなかったに違いない。
そう思わせる程の周到さで、ほんの数分もかからず、ディナーが運び込まれた。
ホテルのルームサービスだ。
取り立てて華美なものではなかったが、品のいい食器に盛られた料理が、次々と、部下の男たちの手によってテーブルに並べられていく。
ざっと見渡すだけでも前菜から始まって、複数のオードブル、スープ、とにかく数が多い。
それを、ガチャガチャと、食器の音が鳴るのも厭わずに、所狭しと次々とテーブルに並べていく。並べられる順番に、法則はないようだ。
まるで、優雅なディナーとは無縁の流れに、雲雀は一瞬眉をしかめるが、ディーノは、ソファーに片膝を立てたままで、当たり前のように給仕を受けている姿を見る限り、おそらく彼らにとって、この乱雑さは当たり前の日常なのだろう。
統制が取れてるくせに、変な所でボスの気質を受け継いでかガサツなのが、らしいといえばらしいように思われた。
一通り並べ終えると、男たちがすっと下がっていく。
数人が、離れた位置に待機する以外は、殆どが部屋を退出していく。
離れて待機する面子の中には、日本でディーノの傍らにいつも控えていた、見慣れた髭面の年配の男の姿も見えた。

「それじゃ、改めて。今夜は、まさか叶うとは思ってなかった、記念すべき、恭弥との再会に、乾杯」

言って、ディーノは手にしていたワイングラスを傾け、雲雀に向かって掲げてくる。
そもそも雲雀からの反応は期待していないのだろう、さっさとワイングラスに口を付け、笑う。

「久しぶりだな。って言っても、一ヶ月ちょっとか? 随分と長い感じがするのは、あれきりジャポーネにも寄ってないからだろうな。これまで、頻繁にジャポーネとの行き来はしてたんだけどな。さすがに色々あって、この一ヶ月は後片付けで手一杯だった」

にかっと笑う。

「あ、遠慮せず食べろよ? 恭弥、イタリア料理はいけたか?」

「……食べたことはないけど、食べれないことはないよ」

「そりゃよかった。ジャポーネと違って、こっちじゃ食べられるものは限られちまうからな。イタリア人は、自国以外の食文化を楽しもうって意識がそもそもねえから、こっちでイタリア料理食べられないってのは、けっこう致命的だ。その点、ジャポーネはすげえよな。殆どの国の料理が食べられて、しかもジャポネーゼ自体がそれを楽しんでる。恭弥は、なんか苦手なものとか、あるか?」

雲雀は、遠慮せず、の言葉に従い、さっさとフォークとナイフを手に、目の前の前菜である一品に取り掛かっている。
少しだけ考えて、ぽつりと答えた。

「トマト。あと、頭のついた魚も苦手だ」

「マジっ? ちょっ、こっちでトマト駄目だと、かなり選択肢は限られちまうなー」

「構わないよ。パンでも齧ってればいい」

「いや、そういうわけにはいかねえって。てか、色々連れて行きてえ店とかあるし。あートマトかー、そっかー、……そしたらあの店は駄目だな」

ディーノは、顎に手を当てて、考え込むようにぶつぶつと続ける。

「他には? なにか、嫌いな食べ物とか、苦手なものとか、あるか?」

「そんなこと、聞いてどうするの」

「そりゃ、限られた時間だ。有効に使いてえし、恭弥に喜んでもらいてえし……」

「僕が望むのは、一つだけだよ」

「え? なになに? こっちで出来ることか?」

ディーノが、ぱあっと表情を綻ばせる。
それに、雲雀は正面から向き合い、見据えるようにして言い放つのだ。

「戦いなよ。そのために、僕はここまで来たんだ」

「あー、それなー、それかー」

あからさまに、ディーノはがっくりとうな垂れた。

「分かっちゃいたけど、そうも堂々と言われると、なんっつーか……」

「あなたが売った喧嘩を買ったまでだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「売った? なんの話だ?」

まるで、なんのことか分からない、といったディーノに、雲雀は話すのだ。
赤ん坊に言われたことの一部始終を。

「あいつは井の中の蛙だ、あれじゃ、いつまでたっても強くはなれない。……そう言ったんだってね」

「あー……っちゃー、リボーンのヤツ……」

ディーノが、頭を抱え込むようにして、天を仰いだ。

「言ってくれるじゃないか」

「あー、そ、それは、だなあ……っ!」
慌てたように、ディーノは弁解を試みようと口を開きかける。
けれど、ああでもない、こうでもない、といった類の葛藤を瞬時にして巡らせたのだろう、一人百面相の後、ディーノはそれこそ、にやりと、音がしそうな勢いで笑った。
実にふてぶてしいまでの笑みだった。

「ああ……確かに言ったな」

「上等じゃないか。強くなれない、だって? 僕は十分強い」

「いや、オレに言わせれば、まだまだだな。現に、お前は、オレに勝てない」

ギリリ。雲雀は歯軋りした。

「お前は若い。まだ戦闘レベルも、経験も、すべてが浅い。あんな、ちんけな街を牛耳ったくらいで満足されたら、オレが困るんだ。仮にもキャバッローネのボスが教えたんだ、それ相応になってもらわなきゃ、キャバッローネの名が廃る」

「……勝負しなよ」

「ああ、いいぜ。表に出な」

がたりと、荒々しいまでの動作で立ち上がっていた。








二人して連れ立って部屋を出て行くのを、唖然と見送るだけなのは、先ほどから、少し離れた場所で控えていた、男たちだ。
内一人が、おいおい、と、傍らの年配の男を仰ぎ見た。

「なんだ、ありゃ……寸前まで、デレデレしてたかと思ったら、突然戦闘モードかよ」

確かに。つい先ほどまでは、見ていて恥ずかしくなるくらいの、浮かれ具合だった。
それが、途端、互いに目の色を変えて、出て行った。
先に仕掛けた、ジャポーネからやってきた子供だけでなく、彼らのボスもまた、瞬時にして好戦的な色を滲ませていた。
ああいうところなど、我がボスながら恐ろしい所であると、まだ年若い男は思うのだ。
対する、傍らの男は、雲雀が先ほど日本でよく見かけた顔だ、と気付いた通りの、ディーノ第一の側近であり、補佐役である。
唖然としている男たちに向かって、

「まあ、ボスにも考えがあるんだろ。好きにやらせておこうぜ」

少なくとも、ボスに任せて、悪いようにはならない。
それだけは、彼らの共通の認識だったようだった。








その夜の勝負は、結局、雲雀が動けなくなる所で終わった。
疲労とそれだけでなく、武器のトンファーを封じ込まれ、完全に身動きが出来なくなる状態で、仰向けに押さえられて、荒々しく息を吐き出すしかない雲雀に、真上から、見下ろすような形でディーノが告げてきたのは、腹が立つような余裕に溢れた響きだった。

「さっき、ようやっとツナ達と連絡が取れた。聞いたぜ。新学期始まるまで、実質7days それが、お前がこっちにいられる期間だ。その間、嫌ってほど相手してやる。このバカンスで、オレをせいぜい、跪かせられたらいいな」

月明かりを背に笑う男の笑みに、雲雀は仰向けの姿勢のまま、歯軋りをするしかなかった。